鯉喰神社

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鯉喰神社(こいくいじんじゃ)は赤浜地区から南東へ約2Km、倉敷市矢部の足守川沿いにある神社。
祭神は吉備津彦命の臣下の楽々森彦命(ささもりひこのみこと)と温羅。

温羅と吉備津彦命の鯉喰いの伝説が残る小さな神社である。

『吉備津彦命の矢が左眼に当たって傷ついた温羅は雉と化して山中へ逃れたが、吉備津彦命は鷹となってこれを追いつめた。
次に温羅は鯉となって、我が目から滴り落ちた大量の血液で真っ赤になった血吸川へ逃げたが、今度は命は鵜となりこれを食べたのがこの地だった』という伝説である。

その温羅を祭るために村人達がここに鯉喰神社を建てたということだが、仁徳天皇が吉備津宮の末社の一つとして創建したとも伝えられている。。御祭神は吉備津彦命の臣下の楽々森彦命と温羅。実はこの楽々森彦命が鯉に化けた温羅を捕えたという伝説もあり、桃太郎伝説の猿のモデルともいわれている。

社殿は元禄14年(1701年)4月、天保13年(1842年)3月に造営し現在に至っている。大正6年(1917年)4月、庄村矢部字向山村社楯築神社を合祀した。大正6年(1917年)10月4日神饌幣帛供進神社に指定された。

御神体が包丁と俎板とも言われており、地元では、温羅を捕えた後に夜目山主命が鯉を料理して命をもてなしたという伝承もある。

厄除け・必勝祈願・祈願成就にご利益があるとされている。

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