大石神社(赤穂大石神社)

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大石神社(おおいしじんじゃ)は、忠臣蔵のモデルである元禄赤穂事件において討ち入りをした大石良雄、大石内蔵助良雄ら赤穂浪士、赤穂義士を祀る神社である。

元禄赤穂事件以降、赤穂浪士を称揚する人々によって旧赤穂城内の大石邸内に小さな祠が設けられ密かに祀られていた。

。1900年(明治33年)、あらためて「大石神社」として神社を創建することが政府から許可され、1910年(明治43年)4月に起工、1912年(大正元年)に社殿が竣工した。1928年(昭和3年)、無格社から県社に昇格された。
第二次世界大戦後、城内の神社に祀られていた赤穂藩主浅野氏の三代(浅野長直・浅野長友・浅野長矩)および、城外の赤穂神社に祀られていた、浅野家の後に赤穂藩主となった森氏の祖先の七武将(森蘭丸ら)を合祀した。

境内社として浅野家が藩主だった時代から藩民の崇敬を受けた神社が多数ある。

他に、赤穂浪士の遺品などを陳列する義士宝物殿、浅野長矩・四十七士らの木像を展示する木像館、大石邸長屋門(国の史跡「大石良雄宅跡」のうち)などがある。
夜景は日本三大夜景の一つとされている。

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